恵比寿のルッコラ

東京という街に憧れるようになったのは

おそらく大学1年生の時。

当時私は、地方の大学に通っていた。

 

当時は、韓国アイドル全盛期で私もまんまと

その商流に乗ってお金をつぎこんでいた。

そして韓国の大人気アイドルのライブは、

決まって東京か大阪で開催される。

必然的に私は月1ペースで東京行きの夜行バスに乗るようになっていた。

 

この決してコスパがいいとは言えない

遠征の中で、私は完全に「東京」という街のトリコになっていた。

 

東京ドームに行けば、大好きな韓国アイドルに会えて、

新宿に行けばZOZOTOWNでしか買えないブランドの服を手に取って買い物ができる。

カレーが食べたければ神保町に行けばいいし、

パンケーキが食べたければ原宿に行けばいい。

 

東京の大学に進学した友達と渋谷で朝まで遊ぶ楽しさも、

新橋でナンパするサラリーマンを横目で吟味する楽しさも知った。

 

大学卒業後は、売り手市場の時代の旨味を享受して、

大手企業に就職。

全国転勤の会社ではあるが、ほとんどの新卒が関東に配属されるということ、特に女性社員は

そのあたりを考慮されやすいという

根も葉もない社内都市伝説を間に受けた結果、

しっかり地方配属になった。

 

数年間、地方で死にものぐるいで

働いたが、どこかで「何かが違う」、

「私が働きたいのは、20代を過ごしたいのは

ここじゃない」という思いを捨て切れず、

ロジカルシンキングの塊みたいだった上司に

「2020年のオリンピックは、やっぱり東京で観たいんです」という、

ロジックの破綻した台詞と退職届を投げつけるようにして、この春に東京に越してきた。

 

憧れの港区勤務、休日は中目黒のカフェ巡り。

金曜日の夜は麻布十番か新橋に飲みに出かけて

たまに浅草や赤羽の赤提灯街にも足を延ばす。

 

住んでいるのは埼玉にほど近い、

いわゆる「ぎりぎり23区内」エリアだったが

住居がどこであろうと関係なかった。

私の憧れは、「暮らしの中」にではなく

「街の中」にあるのだから。

 

ただ、東京という街に溶け込むために、

馴染むために必死になればなるほど

自分がそこから浮いているように感じた。

 

ショーウィンドウに映る自分が

なぜか他の歩く女性に比べて劣っている気がする。

友達の友達の友達と交遊関係が広がるのに比例して、何かが磨り減っている気がする。

 

こんなに憧れていた東京なのに。

住みさえすれば「東京の人」になれると思ったのに。

なぜか上手く馴染めていない気がする。

なんだか上手く暮らせていない気がする。

 

しんどいなあ。

 

そう自覚して嫌になっている、ちょうどそのタイミングで、彼と恵比寿でランチをした帰りに

「ここ寄ってみようよ」とガーデンプレイスでやっているマルシェに誘われた。

 

YEBIS Marche。

毎週日曜日に開催されていて、

青果はもちろん、パンやドライフルーツ、

雑貨や化粧品まで所狭しと並んでいる。

 

こんなところもあるんだなあと

みていると、あるものが目に止まった。

 

ルッコラ

 

イタリアンのお店でランチをすると、サラダには

だいたいこのルッコラがはいっている。

 

眺めていると、ニコニコしたおじさんが

「お、目の付け所がいいねえ。

   このルッコラ、採れたてなんだけど、

   すごく味が濃くて深いんだよ。

   好き嫌いは分かれるけど、ぜひ食べてみてよ」

とその場で1枚葉をちぎってくれた。

 

生でちゃんと食べるのはじめてかも。

 そう思いながら、口の中で噛み締めた瞬間

ゴマの香りが口内でふわっと広がった。

 

「うわあ。なにこれ。美味しい。」

 

思わず声にだすと、おじさんが

嬉しそうに言葉を続けた。

 

ルッコラって、ハーブの一種なんだけど、

栽培の方法や土壌で味が全然違うんだよ。

ピリッと辛いものもあるし、これだけゴマの香りが強いものもある。

中には辛い大根おろしくらいツンとするものもあるんだよね。面白いでしょ?」

 

ルッコラをちゃんとルッコラとして味わって食べたの

はじめてかも。

こんなに美味しかったんだ、ルッコラ

 

思わぬ秘密を知ったような気がして、

すごく嬉しくなった。

そして今までそんな美味しさに目もくれずに

いたことに、ハッと気付かされた。

 

もったいないことしちゃってたなあ。

 

苦笑いをしながら、ルッコラへの

敬意と謝罪の念を込めて

「これ、1束ください」と購入をする。

 

結局、サラダに合うサニーレタスと

フルーツトマトも追加購入し、

たくさんのみずみずしさを抱えて、

駅までのスカイウォークを彼と並んで歩きながら帰る。

 

「休日に、またこのマルシェにふらっと

   来れる場所に住んでみたいなあ。

   それで、美味しいサラダを休日に作りたい。」

 

なんとなく出た言葉に、彼が少し笑ってから

こう返す。

 

「それなら、東急東横線の祐天寺とかどうだろう。

  10分くらいでここに来れちゃうから、 

   休日のお出かけにちょうどいいかもなあ。

    一緒にだったら、そのあたりでも住めちゃいそうだし。」

 

彼の思わぬ本音に、ついルッコラ

食べた時とおんなじような顔でみてしまう。

 

祐天寺。

 

「憧れ」の東京生活の中にはなかった地名だ。

 

ただ、彼と恵比寿のマルシェで買った

ルッコラをどう食べようかと話しながら

祐天寺まで帰る未来は、

確かに私にとっての幸せな「暮らし」だ。

 

東京で暮らすということ。

その正解の在り方なんてないんだなと思う。

 

「なんでもある」東京で暮らすからこそ

好きな在り方でいていいはずだ。

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by リクルート住まいカンパニー